子供の頃、舶来のお菓子の箱が放つオーラに魅せられていた。
それは、謎の文字が語っているはずの美しい意味であり、その謎を解くために流れ込む情報は、箱に描かれた異国の風景から想像される経験したことのない味と香りだ。
それは、物理的な範囲には存在しない特別な刺激なのである。
外国の文字は、後に虚記号の概念へと発展するが、 作品タイトルの付け方にも影響を与えた。
タイトルは作品を説明するものではなく、作品に説明されるべきだと思っている。
例えば、バラという言葉は、バラを説明しない。 バラの香りが、バラという言葉を説明しているのだ。
そんな訳で、作品タイトルに虚記号を用いるようになったのだが、 虚記号としての言葉を作るにはちょっとした儀式が必要だ。
意味のある語を避けて非語を作る時、恣意的にスペルを選んでしまうと、それを選んだ意図が雑菌のように増殖してしまう。
これは、かなり脅迫観念に近いものだと思うが、ちょっとした工夫で落ち着いた。
それが文字の並べ替えである。 例えば、Targelinというタイトルは、元はTriangleという語だ。
三角形の作品だから、まず素直にTriangleという言葉を選ぶ。次に、文字を並べ替えて、音読できる非語に変換するという手順だ。
ただし、クイズを出題しているつもりは全くない。 無垢の言葉に作品が香りを付けてくれるのを待っている。つまり言葉の漬物だ。
一番下の写真は昔買ったLPレコードで、秘めたる音というタイトルは、マルセル・デュシャンのパロディだ。
本物のデュシャンの作品は、不透明の容器に何か入っていて振ると音がするのだが、何が入っているかは想像に任せるという仕様だ。
さて、このレコードは、ビニールのラッピングが破られていないところがミソだ。 つまり、まだ一度も聞かれたことがない。封じられた調べが聞こえてこないだろうか?